那羅生まれ那羅育ち。現役時代は東五宮三光化学工場の技師として働いていたが定年後は地域で交通安全指導員として地域のために働き、面倒見のいい老人として子供から慕われていた。2099年冬頃から体調不良が目立ち再生会五宮病院に入院し、手術を受けたところ医療ミスにより帰らぬ人となる。しかもその医療ミスを手術医により自身の体力の不足のせいにされ、その怒りのあまり悪霊として瘴気を振りまくこととなった。